1807年 |
ロシアのアレクサンドル一世と結んだフランスのナポレオンは,イギリスを軍事封鎖。ロシアはスウェーデンと同盟関係を結ぼうとする。 |
1808年~1809年 |
フィンランドをめぐる戦争で,スウェーデンがロシアに敗北。フィンランドはロシアに割譲され,ロシア皇帝を元首とする大公国となる。フィンランド最初の議会で,自由な農民層,ルーテル派新教,スウェーデン式の法体系と政体など,フィンランド独自の法制度・社会組織の維持が保障される。 |
1812年 |
ロシアのいう 「旧領フィンランド」 が大公国と結合される。ヘルシンキ Helsinki (Helsingfors) がフィンランドの首都に制定される。 |
1828年 |
フィンランド唯一の大学がトゥルクからヘルシンキに移転される。 |
1835年 |
民族叙事詩 『カレワラ』 Kalevala の最初の版が レンロート Elias Lönnrot によって編集・出版される。新版が出版されるのは1849年。 [ 『カレワラ』 はふつう1849年版を指し,1835年の版は 『古カレワラ』 と呼ばれる — KM ] |
1848年 |
フィンランド国歌 『わが祖国』 Maamme (Vårt Land) の初演。 |
1848年 |
ルーネベリ Johan Ludvig Runeberg の 『ストール旗手の物語』 Fänrik Ståls sägner [ 道徳や責任感をテーマにした詩集 ] の第1巻が出版される。 |
1853年~1867年 |
トペリウス Zachris Topelius の歴史小説シリーズ 『外科医物語』 Fältskärns berättelse が出版される。 |
1860年 |
フィンランド独自の貨幣として 「フィンランドマルク」 markka が導入される。 |
1860年代 |
製材業が盛んになり,製紙業が始まる。 |
1863年 |
フィンランドの身分制議会が招集される。皇帝アレクサンドル二世により,フィンランド語に行政の言語としてスウェーデン語と対等の地位を与えるという趣旨の「言語勅令」が発布される。「言語勅令」の法律としての施行猶予期間は20年。
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1870年 |
フィンランド語の最初の散文文学作品である アレクシス・キヴィ Aleksis Kivi の 『七人兄弟』 が出版される。 |
1878年~1879年 |
フィンランド出身の地質学者・探検家の ノルデンショルド A. E. Nordenskiöld がユーラシア大陸の北西を回る航路で太平洋に航海する。 |
1882年 |
Emma Irene Åström がフィンランド人女性として,初めて大学の学位を取得する。 |
1899年 |
ロシア皇帝ニコライ二世によって発せられたいわゆる 「二月宣言」 に対し,フィンランド人は 「フィンランド憲法遵守」 の公約違反であり,フィンランドの自治権の侵害であると反発。以後,1917 年のロシア革命直後のロシアからの独立まで,反ロシア化の風潮が続く。 |
1900年 |
パリの万国博で,建築家の Armas Lindgren,Herman Gesellius,サーリネン Eliel Saarinen が設計し,ガレン=カッレラ Akseli Gallen-Kallela がフレスコ画を制作したフィンランドの展示館が注目を浴びる。この時期は,フィンランドの芸術の黄金時代で,
ガレン=カッレラ Gallen-Kallela をはじめとして,Albert Edelfelt,Eero Järnefelt,Pekka Halonen らの画家や,急速に国際的知名度を高めつつあった作曲家の シベリウス Jean Sibelius などが輩出した。 |
1902年 |
フィンランド人による北アメリカ移住のための旅券申請が2万3千件を超える。1864年に始まり1914年まで,総計32万人以上の フィンランド人が合衆国とカナダに移住した北米移民の波の頂点の年となる。 |
1906年 |
フィンランドに平等な普通選挙で選出される国民議会が開設される。フィンランドの女性 は,国政選挙の選挙権・被選挙権において,世界で初めて男性と同等の政治的権利を獲得する。 |
1917年 |
ロシアで革命が起こり,フィンランドは12月6日に独立を宣言する。ボルシェビキ党率いるロシアの新政府は,12月31日にフィンランドの独立を承認。 |
1918年 |
1月末,将軍 マンネルヘイム C. G. E. Mannerheim の率いるフィンランド政府 (「白軍」 The Whites) は,フィンランド西部のオストロボスニア地方に駐留していたロシア軍を武装解除する。同じ頃,「赤衛軍」 (The Red Guards) と呼ばれた急進派の左派勢力が,ロシア革命に刺激されて,フィンランド南部で政権を掌握する。赤衛軍とフィンランド政府軍の対立は激しい内戦 (「フィンランド独立戦争」) へと発展し,ドイツからの援軍を得た政府軍の勝利に終わる。フィンランドは,ドイツの王子 Friedrich Karl にフィンランド国王即位を申し入れるが,王子はフィンランドを訪問せず,即位を放棄する。
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1919年 |
フィンランドが共和政体に移行し,初代大統領に ストールベリ K. J. Ståhlberg が就任する。 |
1920年 |
フィンランドとソビエト・ロシアとの間でタルト和平条約が調印され,フィンランドはロシアから Petsamo 地方を獲得する。フィンランド人の有名な陸上選手パーヴォ・ヌルミ Paavo Nurmi が,アントワープで開かれたオリンピックで,最初の金メダルを獲得する。フィンランドが国際連盟 League of Nations に加盟する。 |
1921年 |
オーランド諸島 Åland (Ahvenanmaa) に自治権を与える法律がフィンランド議会で可決される。
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1922年 |
信教の自由,義務教育,兵役の義務に関する法律が施行される。 |
1924年 |
パーヴォ・ヌルミが,パリのオリンピックで金メダルを4個獲得する。
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1926年 |
フィンランド初の社会民主党政権が成立する。フィンランド放送協会 YLE が設立される。 |
1929年~1932年 |
反共産主義を掲げるラプア運動が支持を拡大するが,クーデター未遂事件以後,非合法活動として禁止される。 |
1930年 |
フィンランド共産党が,他国のスパイ団体として非合法化される。 |
1932年 |
フィンランドとソ連邦の間で不可侵条約が調印される。 |
1935年 |
フィンランドを代表する建築家アールト Alvar Aalto の設計したヴィープリ市 (Viipuri) 図書館が完成する。 |
1937年~1939年 |
カヤンデル A. K. Cajander が,進歩党,農村連合,社会民主党からなる連立政権 (「赤土連立政府」) を結成する。 |
1939年 |
ソ連邦とドイツの間で,モロトフ=リッベントロプ協定が調印される。協定に附属する秘密の議定書により,フィンランドはソ連邦の勢力圏に含められる。 |
1939年 |
フィンランド人作家シッランパー F. E. Sillanpää がノーベル文学賞を受賞する。 |
1939年~1940年 |
ソ連軍がフィンランドに侵攻,冬戦争 (30.11.1939 — 13.3.1940) が始まる。マンネルヘイム元帥の率いるフィンランド自衛軍は,数で圧倒的に勝るソ連軍を相手に105日間の持久戦を戦い,「冬戦争の奇跡」 (Miracle of the Winter War) として外国のマスコミに注目される。戦争終結後モスクワで調印された講和条約で,フィンランドは南東部のフィンランド第2の都市ヴィープリを含むヴィープリ県の大部分をソ連邦に割譲する。 |
1941年~1944年 |
対ソ連戦争が再開 (「継続戦争」)され,冬戦争で失った領土の奪還を目指すフィンランドはドイツと同盟を結ぶ。フィンランド政府は,フィンランドはドイツと時を同じくしてソ連邦と交戦状態にあるだけで,交戦の理由は共有していないという立場を表明し,ナチズムの国内浸透に対しては拒否の態度を示す。 |
1944年 |
7月,フィンランド軍は,ソ連軍の大攻勢を1940年の国境の手前のソ連邦側で食い止める。ソ連軍は南フィンランド占領を断念し,国境線防衛に方針を転換する。 |
1944年 |
9月,1940年の国境の回復を主調とする停戦協定がモスクワで調印される。フィンランドは,ニッケル鉱山があり,北極海に面した不凍港をもつ北東部のペッツァモ地方を新たにソ連邦に割譲し,工業製品の形で多額の賠償金を支払うことに合意。割譲された地域 (カレリアとペッツァモ地方) の住民のうち,およそ45万人がフィンランドへの移住を選択。フィンランド国内では,ポルッカラ半島 Porkkala が海軍基地としてソ連邦に貸与される。 |
1944年~1945年 |
ラップランド戦争。ソ連邦との講和の条件にしたがい,フィンランドは,ラップランドに駐留する約20万人のドイツ軍を北隣のノルウェーに退去させる。
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1944年~1947年 |
ソ連邦とイギリスの代表によって構成される連合軍の管理委員会がヘルシンキに設置される。共産党が合法化される。ソ連邦は,芬ソ戦争の責任者に対する軍事法廷の設置を要求する。 |
1945年 |
ヴィルタネン A. I. Virtanen がノーベル化学賞を受賞。 |
1945年 |
トーベ・ヤンソン Tove Jansson のムーミン・シリーズの最初の作品 『ムーミン谷の大洪水』 (The Moomin and the Great Flood) が出版される。 |
1947年 |
フィンランドが,パリ講和条約に調印。 |
1947年 |
フィンランドは,ソ連邦の意向にそって,マーシャル=プラン受け入れ拒否。
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1948年 |
フィンランドとソ連邦の間で,友好協力・相互援助条約が調印される。 |
1951年 |
フィンランド人デザイナー Tapio Wirkkala が Milan Triennale でグランプリを受賞,フィンランドのファッション・デザインが世界に進出する道を開く。 |
1952年 |
ヘルシンキでオリンピック大会が開催される。 |
1954年 |
対ソ戦争をテーマにしたリンナ Väinö Linna の 『無名戦士』 が出版される。 |
1955年 |
フィンランドが国際連合と北欧会議 (Nordic Council) に加盟。 |
1956年 |
ソ連邦がポルッカラの海軍基地をフィンランドに返還。ケッコネン Urho Kekkonen が大統領に選出される。 |
1958年 |
ソ連邦が,フィンランド政府の組織に介入 (いわゆる 「霜夜危機」)。 |
1961年 |
フィンランドが,ヨーロッパ自由貿易連合EFTA の準加盟国となる。 |
1961年 |
ソ連邦が,フィンランドの大統領選挙に間接介入 (いわゆる 「覚書危機」)。
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1967年 |
フィンランド出身の Ragnar Granit が視覚の生理学的研究でノーベル賞受賞。 |
1970年 |
労働時間が週40時間となる。 |
1971年 |
A・アールト設計のフィンランディア・ホールがヘルシンキに完成。 |
1973年 |
ECと自由貿易協定を締結。 |
1975年 |
欧州安全保障協力会議がヘルシンキで開催。 |
1981年 |
ケッコネンが25年間務めた大統領職を引退。 |
1989年 |
フィンランドがヨーロッパ評議会に加盟。 |
1991年 |
ソ連邦が崩壊し,友好協力・相互援助条約が失効・消滅する。 |
1991年 |
フィンランドの学生 Linus Torvalds が,コンピュータOS Linux を考案。 |
1991年~1993年 |
深刻な経済不況に襲われる。 |
1992年 |
EC (現EU) への加盟申請を決定。 |
1994年 |
国民投票で,57%の国民がEU (ヨーロッパ連合) 加盟を支持。 |
1995年 |
EUに加盟。 |
1999年 |
フィンランドは,ヨーロッパの経済・貨幣統合の支持を表明。欧州連合理事会の議長国を務める。 |